

●本当に「値引き」は悪なのか?
昨今のマーケティング学説としては「価格のもたらす役割は消費者心理としてさほど大きくない」というのがある。自分の首を絞める「“価格競争”には陥るべきではない」という意見や、同様に「一旦値下げをしたら、それが標準の価格になるので二度と値上げできなくなる」という類のものだ。つまるところ、「値下げはせずに、付加価値(差別化)で高収益のビジネスモデルを形成しろ」ということになる。
この意見は一見正しいし、論理としても通っているように思う。しかしながらビジネスをしていると、価格のもたらす役割はとても大きい。“とても”どころか、消費者は価格しか見ていないのではないかと感じられるケースは山ほどある。私は以前旅行会社でツアーの企画をしていた。その中での学習は「激安ツアーばかりが売れる」というものだ。他にも売れる商品を作る上でのポイントはたくさんあるのだが、少なくとも実際のビジネスにおいては価格が消費者に与える影響は極めて大きいという実体験はある。
では昨今の「値下げはするな」というマーケの定説は間違っているのだろうか。200万円の車と、3万円のママチャリのどちらが安いかは比べることができないように、その商品ごとによって消費者の価値観は変わってくる。消費者が漠然と感じている“標準価格”と照らし合わせてその商品に“値ごろ感”があるかどうかがポイントとなって判断を下している。
よく言われる“値ごろ感”だが、どのように消費者は値ごろ感の強弱を決めているのだろう。その答えが左上の図式だ。本書の一番のポイントは、この「“値ごろ感”の分数式」だと言いたい。
●なぜ、おまけより割引に消費者は軍配を上げるのか?
図式の理解を深めるために、例示を出してみよう。1,000円の商品があるとして、値引きをする方が良いのか、“おまけ”をする方が良いのかという例えだ。1,000円の商品に1,000円の価値があるとすると、値ごろ感は1,000/1,000で「1.0」になる。200円の値引きをすると、1,000/800で「1.25」だ。200円分の“おまけ”をつけると1,200/1,000で「1.2」なる。この図式から値ごろ感は「値引きは1.25」で「おまけは1.2」になる。“値ごろ感”の効用値を上げるには、分母の数値(COST)を下げる方が、絶対値は上がるということが理解できるだろう。
このおまけと割引の選択の問題は心理を抜きには考えられない。つまり、「割引」は支払、すなわち損失を軽減してくれるのに対して、「おまけ」は新たな価値の提供である。結論から言えば、すでに「はじめに」で紹介したように、割引する方が大きな値ごろ感を生み出す。おまけをする財源があるなら、それを割引に使った方がいいということになる。これは、私たちには、心理的なバイアスの一つとして「損失回避(loss aversion)」という意識があるからである。
(本書40ページより抜粋)
●損失を恐れる消費者の本能
本の売れ行きを見ていると、ベストセラーがベストセラーを生んでいるように見える。『脳内革命』、『世界の中心で愛を叫ぶ』、『バカの壁』などはタイトルやパッケージングに売れる仕組みが隠されているが、多くの消費者は“ベストセラー”として常に上位にランキングされ、そして話題になっているという事実が購入の動機になっているように思われる。このような購買行動にも“値ごろ感”はあるのだろうか。
まずその前に、消費者の心理として大きなウェイトを占めるのは次のどちらか分かるだろうか。
①歓楽を助長する
②苦痛を取り除く
サブタイトルに答えが書いてあるし、貴方が優れたマーケッターであるならば、圧倒的に「②苦痛を取り除く」という目的に消費者は金を惜しみ無く払うということが理解できるだろう。人間は病気になって健康の有り難さが分かるように、苦痛というものに対して極度の回避本能がある。快楽が続くと人間はそれを“日常”と感じるようになり、その快楽に対しての限界効用は高くなるということが言える。
同様に人間は通常の消費に対しても、できるだけリスクを回避したいと考える。「良い買い物をした」という満足感より、「こんなもの買わなければ良かった」という後悔(リスク)を取りたくないと考える。そこでベストセラーにランキングされている本というのはその時点で、多くの顧客が買い続けている証であり、多くの読者(顧客)が満足しているという証であるので、初見(未読)の本に対する不安(リスク)が低い。結果として、ベストセラーが更なる購買を助長するというのは合点がいく。
当然ながら負担はなるべく少ない方がいい。または少なく感じた方がいい。この感覚は、「その1」で登場した欲求の一つ、自分自身の安全を追及する安全欲求のせいである。これは、現状を損なう「価値の損失」を嫌うだけでなく、損失に直結した費用負担、負担増を嫌う意識、「損失の回避」のベースにもなっている。特にこの欲求は欲求階層の中でも下層に位置し、ほぼ誰もが持っている本能とも言える基本欲求の一つである。したがって安全欲求をベースにした「損失回避」、「負担回避」の意識はかなり根強いものであると考えた方がいい。
(本書56ページより抜粋)
本書は“値ごろ感”という漠然とした消費者が求める感覚がどのように形成され、売り手はどのように消費者に働きかければ良いのかが分かる良書だ。マーケティングは心理学と密接な関係がある。「愚作のビジネス書を読みたく無い」という損失回避の欲求を満たすために私は本書を強くお勧めしたい。
【オススメ度(辛口)】
おまけより割引してほしい―値ごろ感の経済心理学 ★★★★☆
次回コラム予告
「あっ、買っちゃった。」松本朋子著
【関連サイト】
沖 広一郎 ブログ
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