沖さんコラム

取材記事


オバサンのレースの下着に見栄はあるのか?~『見栄の商品学』井原哲夫著

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●ベンツ、ロレックス、ヴィトンの共通点


 どんな商品にも性能や品質以外に“見栄”という要素は存在する。日常の生活で常に消費され家庭内で消費を完結するコモディティー商品であれば、性能や品質への比重は大きくなるが、他人に見られることが多く、長期使用をすること前提の製品は“見栄”という目的は非常に大きくなる。


 車、時計、カバンが本来の意義のみで使用されるのであれば、トヨタのカローラ、カシオのG-ショック、L.L.Beanのトートバックで十二分に事足りる。メルセデスやロレックス、ヴィトンというブランドが好きな人は品質や安全、長期メンテナンスなどを購入の動機として知人に説明することはあるかもしれない。しかし、多くの顧客はメルセデスのマーク“スリーポインテッドスター”に、ロレックスの王冠のマークに、ヴィトンのLとVの合わさったマークに第一義の魅力を感じているはずだ。


 そのブランド力(マーク)を企業が有するに至るためには性能や品質が長期間に渡って維持されていること、そしてそのブランド形成に至る物語が介在していなければならない。その点において強固なブランド力を持つ製品を購入することは、優れた製品かどうかを見極める眼力が無い場合極めて有効な方策であることは確かだろう。


 人間はほめられたいものである。そして、社会で認められている価値基準は「ほめられ欲求」を満たすうえで重要な役割をはたす。
(本書204ページより抜粋)


●ブランド品のロゴやマークを隠すことによる見栄


 大平健著の『豊かさの精神病理』が岩波新書から出ている。この本の中でラルフローレンの馬の刺繍をキレイに外す女の子が出てくる。


 「私は今ブランド物を自分で無印良品にするのに凝ってますけど…(後略)」と表現している。
さらに「皆ブランド好きだもの。その中にあって品質本位っていうのは偉いって自分で思うの、へへへ。」
(「豊かさの精神病理」38ページより抜粋)


 この女の子のブランド品のマークやロゴを取るという行為の本質も「私はブランドネームでモノを選ばずに、品質で良いものを見抜く力があるのよ」ということをアピールしている。


 つまり、いかなる消費においても“見栄”や“ほめられたい”という欲望が介在しているということになるのだろうか。


●オバサンの下着やお部屋のインテリアも見栄と言えるのか?


 人間の本質としてどの消費にも「見栄」や「ほめられたい」とする願望があると本書では指摘している。忙しさも、怖いものを見たさも、愛情もつまるところは「ほめられたい」とする願望があってこそ成り立つものだと説明している。この指摘は的を射ているといえよう。強弱の差こそあれ、人間には自分を良く見せたいという気持ちがある。


 しかし本書の中で一貫した「誉められたい」とする消費者心理では説明できない消費者行動があるのではないか。たとえば女性の下着はどうだろうか。ここで指す女性の下着とは、所謂“勝負下着”ではない。勝負下着はまさに年頃の女性が“勝負の時”に男性に見せる(見られる)ことで「キレイだね」「カワイイね」と誉められることを目的としているといえる。しかし、もはや“勝負の時”を考えていない熟年女性や浮気願望も全く持っていない既婚の女性でも、キレイなレースやかわいいデザインの高価な下着を買うという消費がある。この行動は誰に誉められたいと考えているのか。旦那や我が子が「キレイだね」「カワイイね」と誉めるだろうか。


 恐らくは自己完結、自己満足の消費だ。“隠す”“矯正する”と言った下着の本質と、他人に見せないという前提においては、下着にレースがついている必要は無い。


 自宅のお部屋のインテリアも同様だ。自宅でホームパーティーをするでもして、知人に部屋を見せるつもりが全くない人がオシャレで上質な家具やインテリアを購入することもある。この消費も自己完結、自己満足の消費ではないだろうか。
“寄付”という消費もそうだ。人前で募金箱に紙幣を投入しなくても、募金や寄付をしたということを人に伝えなくても、完全に自己完結でコッソリと寄付をする人もいる。この消費は誰に誉められたいのか。


 「他人に誉められたい」という願望がなくても人間は消費をする場合もある。本書は消費に対する人間の本質が語られたもので、心理学に近いといえる。 学問とはそういうものだが、淡々と理論を体系化しているので読み物としては面白みが無い。前述のように誉められることを前提としていない消費も時にはあると思われる。きっとこの質問をすれば著者は「自分で自分にほめられたいという欲求があるのです」と回答するのだろう。


 「愉快犯」ということばがある。自分にとって経済的利得はないのだが、世間をさわがせて、「それ見たか」ということで満足をえようと行動する。マスコミがとりあげてくれることが評価になっていよう。社会的にプラスの評価ではないが、「挑戦・達成・評価」が組み込まれて点では挑戦の条件を満たしているのだ。
(本書102ページより抜粋)


 本書は人間の消費の本質を説いている。消費者心理のある側面を体型化して学ぶには良いだろう。しかし、「だからどのような製品が売れる」ということは書かれてはいない。



【オススメ度(辛口)】
見栄の商品学―ああ、ほめられたい  ★★☆☆☆




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アールモード

掲載日:2006/12/11